定着率について、数字を追いながら考えてみた

最近、企業の採用について考えていると、どうしても「定着率」という言葉に行き着きます。前回、「採用に困らない会社」について調べていたときにも、ひとつ気になったことがありました。人がたくさん来る会社だから採用に困らない、というよりも、そもそも人があまり辞めないから採用に困らない会社があるのではないか、ということです。

ただ、ここで別の疑問が出てきます。今は「転職が当たり前の時代」とよく言われます。終身雇用の時代は終わった、若い人は会社に執着しなくなった、合わなければ転職する。そんな話を聞く機会も増えました。だとすると、企業がどれだけ努力しても、昔より人が定着しないのは仕方がないのでしょうか。そもそも、本当に日本人は以前より転職するようになったのでしょうか。そして、日本企業の定着率は実際に悪くなっているのでしょうか。

感覚ではなく、一度数字から確認してみることにしました。

本当に「転職が盛んな時代」なのか

まず、転職者そのものを見てみます。総務省の労働力調査によると、2025年の転職者は330万人でした。2015年は299万人、2018年330万人、2019年には353万人まで増え、コロナ禍の2021年には290万人まで落ち込み、その後再び300万人台に戻っています。

つまり、転職者は確かに多い。ただし、2025年が過去最高というわけではありません。むしろ2019年の353万人の方が多く、「年々ものすごい勢いで転職者が増え続けている」というイメージとは少し違います。

では、「転職が当たり前になった」という感覚は間違っているのでしょうか。

もう一つの数字を見ると、印象が変わります。実際に転職した人ではなく、「転職などを希望している人」の数です。2015年には812万人だった転職等希望者は、2022年に968万人、2023年には1,007万人となり、2025年には1,023万人になっています。10年間で200万人以上増えました。

もちろん、転職を希望しているからといって、その全員が会社を辞めるわけではありません。「良いところがあれば転職したい」という人も含まれています。それでも、ここにはかなり大きな変化があるように見えます。

実際に転職する人が爆発的に増えているというより、「今の会社にずっといなくてもいい」と考える人が増えている。おそらく、こちらの方が「転職が当たり前になった」という感覚の正体に近いのではないでしょうか。

昔と比べて転職サービスも増えました。求人情報も簡単に見られます。SNSを開けば他社で働く人の話も流れてきます。今いる会社の外側に、どんな選択肢があるのかを知ること自体が簡単になりました。企業から見れば、社員は会社の中だけを見て働いているわけではありません。常に外と比較できる環境になっています。

ここまでを見ると、「やっぱり定着率は下がっているんじゃないか」と思います。僕もそう思いました。ところが、数字を見ると少し違いました。

では、日本人は昔より会社を辞めるようになったのか

厚生労働省の雇用動向調査を見ると、常用労働者の離職率は、2019年15.6%、2020年14.2%、2021年13.9%、2022年15.0%、2023年15.4%、2024年14.2%と推移しています。少なくとも、離職率が一方的に上昇し続けている状況ではありません。

新卒について見ても同じです。2022年3月に大学を卒業して就職した人の3年以内離職率は33.8%。つまり、およそ3人に1人が3年以内に最初の会社を離れています。数字だけを見るとかなり高く感じます。

でも、これも最近突然始まった現象ではありません。少し前の世代でも、大卒者の3年以内離職率は3割前後で推移してきました。2020年3月卒では32.3%、2021年3月卒では34.9%、2022年3月卒では33.8%です。

つまり、「最近の若者はすぐ会社を辞めるようになった」「転職時代になったせいで、企業の定着率が一斉に崩れている」というほど単純な話ではなさそうです。

ここで、少し面白くなってきました。転職を考える人は確実に増えている。でも、社会全体の離職率が同じ勢いで悪化しているわけではない。では、何が起きているのでしょうか。

全員が辞めやすくなったのではなく、「会社による差」が大きいのではないか

次に、会社ごとの差を見てみました。すると、かなり大きな違いがあります。

2022年3月卒の大学卒業者について、就職先の事業所規模別に3年以内離職率を見ると、従業員5人未満では57.5%、5〜29人では52.0%、30〜99人では41.9%です。一方、100〜499人では33.9%、500〜999人では31.5%、1,000人以上では27.0%まで下がります。

3年定着率に直すと、5人未満の事業所では42.5%、1,000人以上では73.0%。同じ「日本で働く若者」でも、会社によって全然違います。

業種による違いもあります。宿泊・飲食サービスなど、3年以内離職率が50%を超える産業がある一方で、それよりかなり低い産業もあります。

では、大企業だから人が辞めないのでしょうか。もちろん、給与、福利厚生、教育体制、キャリアの選択肢など、大企業ほど整えやすいものは多いと思います。ただ、同じような規模の中小企業を比べても差があります。

2025年版中小企業白書では、人材が「不足していない」と答えた企業では、直近3年間に採用した社員の定着率が「7割以上」とする割合が高い一方、人材が不足している企業では「3割未満」の割合が高くなっています。さらに、賃上げをしているか、人材育成に取り組んでいるか、人事評価制度があるか、社内コミュニケーションが円滑か、といった項目によっても定着率に違いが見られます。

ここまで見て、最初に抱いていた疑問への答えが少し見えてきました。

転職できる時代になったから、みんな一律に辞めるようになったわけではない。むしろ、転職という選択肢を持つ人が増えたからこそ、「それでも今の会社に残る理由がある会社」と「残る理由が弱い会社」の差が表面化しやすくなった。

そう考えると、かなりしっくりきます。

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そもそも、定着率は何%なら良いのか

ここでも疑問が出てきます。定着率を改善しよう、と言っても、何%なら良いのでしょうか。80%なのか、90%なのか、100%を目指すべきなのでしょうか。

調べてみましたが、「定着率は○%以上なら優良企業」という全国共通の公的基準はありません。飲食店とIT企業では人の動きが違います。新卒と中途でも違います。社員5人の会社と5,000人の会社も同じ基準では見られません。

ただ、一つの参考にはできます。先ほどの大学新卒者の場合、最新の3年以内離職率は33.8%。逆に言えば、3年定着率は66.2%です。従業員1,000人以上の事業所なら73.0%になります。

中小企業白書でも、企業の定着状況を分析する際、「7割以上」「3割以上7割未満」「3割未満」という区分が使われています。そのため実務的には、3年定着率70%前後を一つの参考ラインとして見るのはありだと思います。

ただし、「70%を超えたからOK」という意味ではありません。もっと大切なのは、同じ業種、同じ規模の会社と比べてどうなのか。そして、自社の数字が数年前より良くなっているのかです。

飲食業で80%と、もともと離職の少ない業界で80%では意味が違います。定着率は、他社と競うための点数というより、自社の組織に何か起きていないかを見る体温計として使う方が良さそうです。

ところで、定着率ってどうやって計算するのだろう

これも調べるまで意外と曖昧でした。「当社の定着率は90%です」と書いてある会社があります。でも、よく考えると、いつからいつまでの90%なのか、新卒だけなのか、中途も含むのか、1年なのか3年なのか。ここが分からなければ、数字として比較できません。

採用後の定着を見るなら、分かりやすいのは採用した人を一定期間追いかける方法です。

たとえば、2023年に10人採用した会社があったとします。その10人のうち、2026年時点で7人が在籍している。この場合、3年定着率は、7人 ÷ 10人 × 100で70%です。

企業で使うなら、僕は3年だけではなく、3か月・6か月・1年・3年くらいを分けて見る方がいいと思います。なぜなら、辞める時期によって疑うべき問題が違うからです。

入社3か月で多く辞めているなら、採用時に聞いていた話と実際の仕事が違う、研修が足りない、職場に馴染めない、といった問題かもしれません。半年から1年なら、上司との関係、仕事内容、給与、休日、評価などが見えてきます。数年経ってから辞める人が多いなら、キャリア、昇給、成長実感、将来性などを疑った方がいいかもしれない。

「年間離職率15%」という一つの数字だけを見るより、誰が、いつ、なぜ辞めているのかまで分解した方が、改善には使えます。そして、定年退職、契約期間満了、会社都合、自己都合も分けた方がいい。会社が改善できる離職と、そうではない離職をごちゃ混ぜにすると、本当に見るべき問題が分からなくなるからです。

では、何が「辞める・残る」を決めているのか

ここまで来ると、一番知りたいところです。定着率が高い会社と低い会社では、何が違うのでしょうか。

最初は、やっぱり給与だろうと思いました。そして、それはかなり正しいようです。2025年版中小企業白書では、賃上げ率が高い企業ほど、採用した社員の定着率が7割以上である割合が高くなっています。

休みも重要です。有給休暇や育児休業を取得しやすくすること、時間外労働を減らすこと、福利厚生を充実させることなどは、人材確保に寄与する可能性が示されています。残業時間が減少している小規模企業ほど定着率が高い傾向も報告されています。

つまり、ちゃんと払う。ちゃんと休める。働きすぎない。まずはここです。

定着率改善というと、社員旅行や社内イベント、面白い福利厚生などを考えたくなりますが、その前にもっと基本的な部分があります。

ただ、条件だけでも説明しきれません。同じ中小企業白書では、人材育成に取り組んでいる企業、人事評価制度がある企業、社内コミュニケーションが円滑な企業でも、定着率が高い傾向が確認されています。経営理念やビジョンを社員に共有している企業でも、比較的定着率が高い傾向があります。

そしてもう一つ重要なのが、入社する前です。仕事内容や職場環境、働き方などについて求職者へ十分な情報を伝えることは、入社前後のミスマッチを減らし、定着につながります。

つまり、定着率は「入社してから頑張れば改善できる数字」ではありません。そもそも合わない人を採用していないか。仕事の大変なところを隠していないか。入社前に伝えた内容と現実が一致しているか。採用サイトや求人票の時点から、すでに定着率は決まり始めています。

さらに、入社直後も重要です。中途採用に関する調査では、定着・戦力化のためのオンボーディングとして、上司との面談、導入研修、相談窓口の案内、同僚とのコミュニケーションを促す取組などが行われています。

採用した瞬間に人事の仕事が終わるのではなく、採用する前、入社、職場に馴染む、成長する、この先も働きたいと思う、までが一本につながっている。ここでも、前回の「採用に困らない会社」の話と重なってきます。

定着率を決めるものは、一つではなかった

ここまで調べたものを整理すると、人が残るかどうかを決めるものは、大きく五つくらいに分けられそうです。

一番下にあるのが「残れる条件」です。給与、休日、労働時間、柔軟な働き方。ここが厳しすぎれば、その上に何を積んでも長く働くのは難しい。

次に「毎日の職場」があります。上司との関係、人間関係、コミュニケーション、心理的な働きやすさ。その前段階に「入社前の一致」があります。仕事内容を正確に伝えているか。本当にその仕事に合う人を採用できているか。

入社直後には「受け入れる仕組み」があります。研修、面談、相談相手、仕事を覚えるまでのサポート。そして最後に「ここに居続ける理由」があります。評価されている実感、成長、キャリア、昇給、仕事の意味、会社の将来。

これらを全部まとめて「社員満足度」と呼んでしまうと、少し雑な気がします。

たとえば給料が極端に低くて、毎日残業している会社で、「もっと社員のエンゲージメントを高めよう」と社内イベントを増やしても、本質的な改善にはなりません。逆に待遇が悪くなくても、何年働いても評価基準が分からない、上司と話す機会がない、この会社にいて自分がどう成長するのか見えないのであれば、外に魅力的な選択肢が現れた瞬間に転職を考えるかもしれません。

調べてみて、「定着率」の見え方が少し変わった

最初は、こんな疑問でした。

転職する人が増えているなら、社員が辞めるのはある程度仕方がないのではないか。

でも、数字を追ってみると、少し違いました。

転職そのものが毎年際限なく増えているわけではない。離職率も、日本全体で一方的に悪化しているわけではない。一方で、「転職してもいい」と考える人は確実に増えている。そして、その同じ環境の中でも、社員が残る会社と、かなりの人数が辞める会社がある。

ここから見えてくるのは、「人が辞める時代」になったというより、「残る理由がなければ辞めることのできる時代」になった、ということなのかもしれません。

これは似ているようで、かなり違います。

前者なら、企業にできることはあまりありません。「最近は転職の時代だから仕方がない」で終わります。

でも後者なら、企業側にも改善できることがあります。給与を見直す。休めるようにする。残業を減らす。仕事を正確に伝える。合う人を採用する。入社した人をきちんと受け入れる。上司と話せるようにする。評価基準を明確にする。成長できるようにする。この会社で働き続けた先を見せる。

一つずつ、「ここに残る理由」を増やしていくことができます。

定着率を上げたいなら、まず「辞めた人」ではなく「残っている人」にも聞いてみる

では、実際に何から始めればいいのか。

まず定着率を計測する。3か月、6か月、1年、3年でどれだけ残っているかを見る。そして、退職理由を記録する。これは当然です。

でも、それだけでは足りないと思っています。

辞めた人に「なぜ辞めたのか」を聞くだけでなく、今も長く働いている人に「なぜ辞めていないのか」を聞く。こちらもかなり重要ではないでしょうか。

仕事そのものが好きなのか。上司なのか。人間関係なのか。給与なのか。休みやすさなのか。会社の雰囲気なのか。成長できている実感なのか。家から近いだけかもしれません。

企業側が「うちの魅力はこれだ」と思っているものと、社員が実際に残っている理由は違うことがあります。そこが分かれば、守るべきものが見えてきます。

同時に、退職者の共通点を見る。3か月以内で辞める人が多いのか。ある上司の部署だけ離職が多いのか。入社3年目あたりに集中しているのか。特定の職種だけ辞めるのか。

そこで初めて、定着率はただの数字ではなく、会社のどこに問題があるのかを教えてくれるデータになります。

定着率は、「社員を縛る数字」ではない

定着率を上げる、という言葉には少し危うさもあります。辞めさせない。引き止める。長く会社に置いておく。そんな発想になってしまうと、本質から離れてしまいます。

転職という選択肢があること自体は、社員にとって悪いことではありません。合わない会社から離れることもあるし、別の場所で挑戦したい人もいます。全員が定年まで残る会社を目指す必要もありません。

だから、定着率100%を目標にすることが正解とは限らない。

見るべきなのは、本当は残ってほしい人が、会社側の改善できる理由で辞め続けていないか、ということではないでしょうか。

良い人材が、給料への不満で辞める。上司との関係で辞める。何年働いても将来が見えず辞める。入社前に聞いていた話と違って辞める。そこには会社が改善できる余地があります。

調べてみて、定着率という数字の見え方が少し変わりました。

定着率は、社員の「忠誠心」を測る数字ではない。外へ出るという選択肢を持っている人たちに対して、その会社が「それでもここで働きたい」と思える状態をつくれているか。その結果が、あとから数字として現れるものなのだと思います。

転職が当たり前になった時代だからこそ、社員を囲い込む方法を考えるのではなく、「なぜ、この人はここに残るのだろう」と考える。

定着率を改善する最初の一歩は、案外そこなのかもしれません。

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