この記事は、MONDAY BLUEが考える「体験設計」という思想の中で、特にちゃんとしているのに反応が薄い原因を、説明量の視点から整理した補足記事です。
伝えたいことがあると、人はつい説明を増やしてしまう。誤解されたくない。ちゃんと理解してほしい。正しく伝えたい。その結果、情報は増え、言葉は丁寧になり、構造も整う。
それでも、なぜか反応が薄い。
ちゃんとしているのに、選ばれない。この違和感の正体は、説明の質ではなく、説明の量にあることが多い。たとえば、提案資料・営業文・採用ページ・Webの文章・チラシなどで「ちゃんと書いてるのに反応が薄い」と感じる人は、この罠にハマっている可能性が高い。
説明しているのに反応が薄い原因|説明しすぎると、人は受け身になる
説明が多い状態とは、読み手が考えなくていい状態だ。理解する負荷は下がるが、その分、関与する余地も減る。すべてが語られ、すべてが決められていると、人は「読む側」に留まる。
行動は、理解からではなく、関与から生まれる。説明しているのに反応が薄い原因は、この関与の余地が失われていることにある。説明しすぎると、人は安心するが、同時に動かなくなる。
記憶に残るのは、説明しきれなかった部分
体験や文章が記憶に残るかどうかは、強さではなく引っかかりで決まる。その引っかかりは、多くの場合、説明されなかった部分に宿る。
「少し足りない」
「全部はわからない」
「でも気になる」
この状態が、あとから思い返されるきっかけになる。説明を削ることは、雑にすることではない。
反応が薄い原因になりやすいのは、「全部わかった」で終わってしまう構造だ。記憶の余白を残すという設計が、あとから行動を呼び起こす。
説明量は、感情の設計でもある
文章やデザインにおける説明量は、感情の動きに直結する。言い切れば安心は生まれるが、同時に距離も生まれる。反応が薄い原因が「伝え方」ではなく「説明量」にあるケースでは、
この距離の生まれ方が見落とされていることが多い。
どの感情で読み終えてほしいのか。説明量を決めるというのは、その感情を決めることでもある。
感情設計について、詳しくは感情設計とは何か?なぜ「最後は気持ち」で決まるのかで解説しています!「足りない」のではなく「残している」
説明が足りないくらいがちょうどいい、というのは、放置するという意味ではない。必要なことを削ぎ落とし、あえて残す部分を選んでいる状態だ。
すべてを伝えない。
すべてを決めない。
判断の一部を、相手に委ねる。
この構造があると、人は読み手から当事者へと移行する。反応が薄い原因は、相手を当事者にする余地が残されていないことにある場合が多い。
説明を減らすと、設計が問われる
説明を減らすのは、実は簡単ではない。削るためには、何が本質で、何がなくても成立するかを理解していなければならない。
説明しているのに反応が薄い状態は、伝えていないのではなく、設計しきれていない状態だ。
だから、説明が足りないくらいがちょうどいい、という設計は、もっとも高度な設計でもある。
動かすために、あえて説明しない
人を動かしたいなら、すべてを説明しない。理解させるよりも、関与させる。納得させるよりも、考えさせる。説明を削ることは、不親切になることではない。反応が薄い原因を解消するために必要なのは、情報量ではなく、余地だ。説明が足りないくらいが、ちょうどいい。その余白にこそ、人が動く理由が残る。
反応が薄い原因は一つではありません。別の切り口として親近感は数字に影響するのか|計測しづらい集客要因を考えるも解説しています。 MONDAY BLUEの体験設計の考え方については、MONDAY BLUEは「体験設計」を徹底的に考えるで詳しく解説しています!-scaled-1.png)
